五轮书地水火风空 日文原版-第6部分
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晷〉钉胜毪猡韦庥肖辍⑵渖恧摔瑜觊L刀さすことならざる身も有り、昔より大は小をかなへると云へばむざと長きを嫌ふにはあらず、長きとかたよる心を嫌ふ儀なり、大分の兵法にして長き太刀は大人数なり、短かきは小人数なり、小人数と大人数にて合戦はんるまじきものか、少人数にて勝つこそ兵法の徳なれ、昔も少人数にて大人数に勝たる例多し、我一流に於て左様にかたすきせばき心嫌ふ事なり、能く能く吟味あるべし、
一 他流において強みの太刀と云ふ事
太刀に強き太刀弱き太刀と云ふことは有べからず、つよき心にてふる太刀はあらきものなり、荒きばかりにては勝がたし、又強き太刀と云て人を切る時、無理につよくきらんとすれば切れざるものなり、試験し物など切る心にも、余り強く切らんとする事悪し、誰に於ても敵と切合うに弱く切らん強く切らんと思ふものなし、唯人を切殺さんと思ふ時はつよき心もあらず、勿論よわき心にもあらず、敵の死ぬる程と思ふ儀なり、若はつよみの太刀にて、人の太刀強くはれば張り余りて必ず悪きなり、人の太刀につよく当れば、我太刀も折れ摧くることあり、然るによって、つよみの太刀など云事なきことなり、大分の兵法にしても強き人数を持、合戦に於て強く勝むと思へば敵もつよき人をもち、戦もつよくせんと思ふ、其は何れも同じ事なり、物毎に勝と云事道理なくしては勝つ事あたはず、我道に於ては少しも無理なる事を思はず、兵法の智力を以て如何やうにも勝つことを得る心なり、能くゝゝ工夫あるべし
一 他流に短き太刀を用ゆる事
みじかき太刀ばかりにて勝んと思ふこと実の道にあらず、昔より太刀、刀と云ふて長きと短きと云事をあらはし置なり、世の中に強力なるものは大きなる太刀をも軽く振るなれば無理に短かきを好む可にあらず、その故は長きを好みて鑓長刀をも持ものなり、短き太刀を以て人のふる太刀の透間を切ん、飛入ん、捉まむなどゝ思ふ心あしし、又透間をねろう所万事後手に見え縺るゝと云ふ心有て嫌う事なり、若は短き物にて敵へ入り込まん、取らんとする事大敵の中にて役に立たざる心なり、短かきにして得たるものは大勢をも切払はん、自由に飛ばん、狂はんと思ふとも皆受太刀といふ物になりて、取紛るゝ心あって慥かなる道にてはなきことなり、同くは我身はつよく直にして人を追回し、人に飛びはねさせ、人のうろめくやうに仕かけて慥に勝つ所を専とする道なり、大分の兵法に於ても其利有り、同くば人数嵩を以て敵を即時に攻潰す心兵法の専らなり、世の中の人の物をしならふ事、平生も受けつ、かはいつ、抜けつ、潜りつしならへば心道に引かれて人に廻はさるゝ心あり、兵法の道直に正しき所なれば、正理を以て人を追廻はし、人を随がゆる心肝要なり、能々吟味有るべし
一 他流に太刀かず多き事
太刀の数あまたにして人に伝ること、道を売物にしたてゝ太刀数多く知りたると初心のものに深く思はせん為なるべし、兵法に嫌う心なり、其故は人を切る事色々ありと思ふ心迷ひなり、世の中に於て人を切ること変はる道なし、知るものも知らざるものも、女童子も打叩き切ると云ふ道は多く無き所なり、若し変はりては突ぞ薙ぞと云ふ外はなし、先づ敵を切る所の道なれば他に数多あるべき道理あらず、されども場により事にしたがひ上茫胜稍懁辘郡雱Iにては太刀のつかえざるやうにもつ道あり、其は五法とて五の構へはあるべきものなり、それより外に取付て手を捩ぢ或は身をひねりて飛起きなど様々のことして人を切る事実の道にあらず、人を切るにねぢて切られず、拈りてきられず、飛てきられず、ひらいてきられず、凡是等の事は曽て役に立たざる事なり、我兵法においては身なりも心も直にして敵をひつませ、緩ませて敵の心のねぢ、ひねる処を勝つ事肝要なり、能くゝゝ吟味あるべし
一 他流に太刀の構を用ゆる事
太刀の構を専にすることひが事なり、世の中に構のあらんことは敵のなきときの事なるべし、其仔細は昔よりの例ひ今の世の法などゝして法例を立る事は勝負の道にはあるべからず、その相手のあしきやうに匠むことなり、物毎に構ゆると云ふ事はゆるかぬ処を用ゐる心なり、或は城を構る、或は陣を構ゆるなどは人に仕掛けられてもつよく動かぬ心是常の義なり、兵法勝負の道に於ては何事も先手先手と心掛る事なり、構ると云心は先手をまつ心なり、能くゝゝ工夫あるべし、兵法勝負の道人の構をうごかせ、敵の心になき事をしかけ、或は敵をうろめかせ、或はむかつかせ、又はおびやかし、敵のまぎるゝ処の拍子の利をうけて勝つ事なれば、かまゆると云後手の心を嫌ふなり、然るゆゑに我道に有構無構と云て、構は有てかまえはなきと云所なり、大分の兵法にも敵の人数の多少をおぼえ、其戦場の所をうけ、我人数の位を知り、其徳を得て人数を立て戦を始むる事是合戦の専なり、人に先を仕かけられたる時と我人に仕かくる時とは其利不利一倍もかはる心也、太刀を能構へ敵の太刀を能く受け能く張ると覚ゆるは鑓長太刀を以て柵に振りたると同じ、敵を討つ時は又柵木を抜て鑓長太刀に使ふ程の心なり、能々吟味あるべき事なり、
一 他流に目付といふ事
目付と云ふて其流により敵の太刀に目を付るもあり、又は手に目を付る流も有り、或は顔に目をつけ或は足などに目を付るも有り、其の如く取わけて目を付んとしては、まぎるゝ心有て兵法の病と云物になるなり、其仔細は鞠をける人は鞠によく目を付ねども、自在にけること、物になるゝと云所あればたしかに目に見るに及ばず、又ほうかなどするものゝ術にも其道になれては戸びらを鼻先にたて、刀を幾腰も玉などにとる事、是れ皆慥に目を付くることはなけれども、不断手になれぬれば自づから見ゆる処なり、兵法の道に於てもその敵と仕馴れ、人の軽重を覚え、道を行ひ得ては太刀の遠近遅速までも皆見ゆる義なり、兵法の目付は大かた其人の心に付たる眼なり、此故に我一流にては観見の二つの見やうあることなり、観の目つよくして敵の心を見、其場の位ゐを見、大きに目を付て其戦の景気を見、其折節の強弱を見て正しく勝つ事を得る事専らなり、大小兵法に於て小さく目を付る事なし、前にも記すごとく細かに少さく目を付るに依て、大き成事を取忘れ迷ふ心出来て慥か成る勝ちをぬかすものなり、此理能々吟味して鍛錬有べきなり、
一 他流に足つかひ有事
足の踏みやうに浮足、飛足、はぬる足、踏しむる足、からす足などゝ云て色々左足をふむ事有り、是れみな我兵法より見ては不足に思ふ処なり、浮足をひらふ事、其故は戦に成りては必ず足の浮きたがるものなれば如何にも慥にふむ道なり、又た飛足を好まざることは飛足はとぶ起りあって飛で居つく心有り、いく飛も飛ぶと云ふ理の無きによって飛足悪し、又はぬる足、はぬると云ふ心にて捗の行かぬるものなり、踏つむる足、待の足とて殊に嫌ふ事なり、其他からす足色々左足などあり、或は沼ふけ、或は山川、石原、細道にても敵と切合ふものなれば、所により飛はぬる事もならず、左足のふまれざる所有ものなり、我兵法に於て足にかはることなし、常の道をあゆむが如し、敵の拍子に随ひ急ぐ時、静なる時の身の位を得て足らず余らず、足のしどろになきやうに有べきなり、大分の兵法にしても足を撙证长雀我胜辍⑵涔胜蠑长涡膜蛑椁氦啶钉仍绀欷信淖婴沥覄伽沥郡猡韦胜辍⒂肿悚栅呔菠摔皮悉Δ恧幛肖票坤氅fと云ふ所を見付ずして、勝つ事をぬかして早く勝負つけ得ざるものなり、うろめき崩るゝ場を見わけて、少しも敵をくつろがせざるやうに勝つ事肝要なり、能々鍛錬あるべし、
一 他の兵法に早きを用ゆること
兵法の早きと云所実の道にあらず、早きと云事は物毎の拍子の間にあはするに依て早き遅きと云心なり、其道上手になりては早く見えざるものなり、仮令へば人にはや道と云ふて四十里五十里行ものも有り、是も朝より暮まで早く走るにてはなし、道の不勘成るものは一日走るも一向に捗ゆかざるものなり、乱舞の道に上手の歌ふ郑讼率证胃钉堡浦|へばおくるゝ心あって急がしきものなり、又鼓太鼓に老松をうつに静かなる位ゐなれども下手は是にもおくれ先たつ心有り、高砂は急なる位なれども、早きと云ふこと悪し、早きはこけると云ひて間にあはず、勿論おそきもあしゝ、是も上手のすることはゆるゝゝとみえて、間のぬけざる所なり、諸事しつけたる者のすることは急がしく見えざるものなり、此鍛を以て道の理をしるべし、殊に兵法の道に於て早きと云ふこと悪し、是れもその仔細は所によりて沼ふけなどにては身足共に早く行がたし、太刀はいよゝゝ早く切る事なし、早く切らんとすれば、扇小刀のやうにはあらず、ちゃくと切れば少しも切れざるものなり、よくゝゝ分別すべし、大分の兵法にしても早く急ぐ心わるし、枕を押ゆると云心にては少しも遅きことはなき事なり、又人のむざと早きことなどには背くと云て静になり人につかざる処肝要なり、此心の工夫鍛錬あるべき事なり、
一 他流に奥表と云う事
兵法のことに於て何れを表と云ひ何れを奥といはん、芸により事にふれて極意秘伝などゝ云て奥口あれども、敵と打合時の理においては表にて戦ひ裏を以て切ると云ふ事はあらず、我兵法の教へ様は初て道を学ぶ人には其業の成りよき所をさせ習はせ、合点のはやく行く理を先に教へ、心の及び難き事をば其人の心をほどくる所を見分て次第次第に深き所の理を後に教る心なり、去れども大かたはその事に対したる事などを覚えさすによって奥口と云ふ所なき事なり、されば世の中に山の奥を尋るに猶行かんと思へば又口へ出るものなり、何事の道に於ても奥の出合所もあり、口を出して善き事もあり此の戦の利に於て何をか隠し、何をか顕はさん、然るに依て我道を伝ふるに誓紙罰文抔と云事を好まず、此道を学ぶ人の智力をうかゞひ、直なる道を教へ、兵法の五道六道の悪き所を捨させ、自づから武士の法の実の道に入り疑ひなき心に成る事我兵法の教の道なり、能能鍛錬すべし、
右他流の兵法を九ケ条として風の巻に荒増し書付る処一々流々口より奥に至るまで定かに書顕すべきことなれども、わざと何流の事とも名を書しるさず、其故は一流ゝゝ其れゝゝ存分有るものなれば同流にても少々心の異るものなれば、後々迄の為めに流名なども書のせず、他流の大体九つに云分けて世の中の道人の直なる道理より見れば、長きにかたぶき短きを理にして、強き弱きと傾ぶき、粗き細かなると云事も皆偏なる道なれば、他流の口奥と現わさずとも皆人の知るべき義なり、我一流に於いては太刀に奥口なく、構へに極りなし、唯心を以て其徳を弁ゆること是兵法の肝心なり、
空之巻
二刀一流の兵法の道空の卷として書顯すこと
空と云は物毎に形なき所、知れざる事を空と見立るなり、勿論空は空にして無なり、有る所を知りて無き所を知る、是空なり、世の中に於て惡敷く見れば、物を辨へざる處を空と見る處實の空にあらず、皆迷う心なり、此兵法の道に於ても武士として道を行うに士の法を知らざる空にはあらず、色々迷ひ有て詮方なき處を空と云なれども、是實の空にはあらざるなり、武士は兵法の道を慥かに覺え、其外武藝を能く覺え武士の行ふ道にも暗からず、心の迷ふ所なく、朝々時時に怠らず、心意二つの心を研き、觀見二つの眼を磨き、少しも曇り無く迷ひの空の晴たる所是れ實の空と知るべきなり、實の道を知らざる間は佛法によらず世法によらず、己れゝゝは慥か成る