白夜行:日文版-第102部分
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をあげて商売をしていた。洋介が死んだからといって、弥生子が好きにしていいというものではなかったのだ。
間もなく松浦は店を辞めた。新たに経営者となった従弟によれば、松浦は店の金をかなり使い込んでいた形跡があるというが、数字の話は弥生子にはわからなかった。正直なところ、彼女にとってはどうでもいいことだった。
弥生子は家と店を従弟に譲り、その金で上本町《うえほんまち》に喫茶店を開くことにした。この時彼女にとって計算外だったことは、『きりはら』の土地は洋介のものではなく、洋介の実兄の名義になっていたことだった。つまり土地は借り物だったということになる。そのことを弥生子は、この時まで知らなかったのだ。
喫茶店経営は開店当初こそ順眨坤盲郡肽辘郅山Uつ頃から客が減り始め、やがて行き詰まるようになった。原因はよくわからなかった。新しいメニュ蜃鳏盲皮撙郡辍⒌辘文谧挨驂浃à郡辘猡筏郡⑻貏克aにはならなかった。やむなく人件費を削ろうとするとサ鹰沟拖陇丝帳辍ⅳ蓼工蓼箍妥悚hのくという有り様だった。
結局、店は三年足らずで椋Г幛俊¥饯雾暋ⅴ邾攻匹箷r代の友人から、天王寺に小さな店があるからやってみないかと声をかけられた。権利金はなし、居抜きで借りられるという好条件だった。彼女はすぐに飛びついた。それが現在のこの店である。以来十四年間、弥生子の生活を支えてきた。この店がなかったらと思うと、彼女は今も鳥肌が立つ。もっとも、この店を開いた直後にインベ扩‘ゲ啶违蜘‘ムが訪れて、コ药‘ではなくゲ嗄康堡皮慰亭瑔瞬璧辘搜氦窉欷堡毪瑜Δ摔胜盲繒rには、奥歯をきりきりと鳴らすほど悔しがったのだが。
「息子はどうや。相変わらず、連絡なしか」笹垣が訊いてきた。
弥生子は口元を緩め、首を振った。「もう諦めてます」
「今は何歳になってるんかな。ちょうど三十か」
「さあ、どうでしたやろ。忘れてしまいましたわ」
この笹垣という男は、弥生子が店を開いて四年目あたりから、ごくたまに訪れるようになった。元は洋介が殺された事件を担当していた刑事だが、その話をすることは殆どない。しかしいつも決まって口にするのは亮司のことだった。
亮司は中学を卒業するまで、『きりはら』の家で生活していた。弥生子としては喫茶店経営で頭がいっぱいの時だったから、息子の面倒を見なくていいのは助かった。
弥生子がこの店を始めたのと相前後して、亮司は『きりはら』を出てきた。しかし仲むつまじい母子生活が始まったわけではなかった。彼女は夜中まで酔客の相手をせねばならず、その後はただひたすら眠るだけだ。起きるのはいつも昼過ぎで、それから簡単な食事を済ませ、風呂に入って化粧をした後、店の準備にとりかかる。息子のために朝食を作ってやったことなど一度もないし、夕食も店屋物が殆どだ。そもそも母子が顔を合わせること自体、一日に一時間あるかどうかというところだった。
やがて亮司の外泊が増えた。どこに泊まったのかと尋ねても、曖昧な答えしか返ってこない。しかし学校や警察から注意を受けることもなかったので、弥生子はあまり気にしなかった。何よりも彼女は毎日の暮らしに疲れていた。
高校の卒業式の朝、亮司はいつものように出かける支度をした。珍しく目を覚ましていた弥生子は、布団の中から彼を見送ることにした。
いつもは黙って出ていく彼が、その日にかぎって部屋の入り口から振り返った。そして弥生子に向かっていった。「じゃあ、俺、行くからな」
「うん、行ってらっしゃい」寝ぼけた頭で彼女は答えた。
結局これが母子の最後の会話となった。弥生子が化粧台の上のメモに気づくのは、それから数時間後だ。そのメモには、『もう帰らない』とだけ書いてあった。その宣言通り、彼は帰ってこなかった。
もちろん捜す方法はあったのだろう。しかし弥生子は積極的に彼を見つけ出そうとはしなかった。寂しいと思う反面、こうなるのは無理ないかもしれないという気持ちもあった。彼女は自分がただの一度も母親らしいことをしてやらなかったことを自覚していた。また亮司が自分のことを母親だと認めていないことも知っていた。
元々自分には母性というものが欠如していたのではないかと弥生子は思っている。亮司を産んだのも、子供が欲しかったからではなく、堕胎する理由がなかったからにほかならない。洋介と結婚したのも、これで働かなくても生活できると思ったからだ。ところが妻や母という立場は、当初予想したよりも窮屈で退屈なものだった。彼女は妻や母親ではなく、いつまでも女でありたかった。
亮司が出ていって三か月ほどした頃、一人の男と深い仲になった。輸入雑貨を扱う男だった。彼は弥生子の寂しい心を癒してくれた。また女でありたいという彼女の思いを叶えてくれた。
男とは約二年間、一緒に暮らした。別れることになったのは、男が本来の家に帰らねばならなくなったからだ。彼は結婚しており、堺市に家を持っていた。
その後も何人かの男と付き合い、そして別れた。今は一人だ。気楽ではあるが、どうしようもなく寂しくなることもある。そんな夜には、亮司のことを思い出した。だが会いたいなどという気持ちを抱くことを、彼女は自分に禁じていた。そんな資格などないことはわかっていた。
笹垣がセブンスタ颏铯à俊C稚婴鲜工韦匹楗ぅ咯‘を素早く手にし、煙草の先で点《つ》けた。
「なあ、あれから何年になると思う? おたくの御主人が殺されてからや」煙草を吸いながら笹垣は訊いた。
「二十年ほど……かな」
「正確にいうと十九年や。えらい前のことになってしもうたなあ」
「そうですね。笹垣さんは引退したし、こっちはもうおばあさんや」
「これだけ時間が経ったんやから、どうや、そろそろ話せることもあるんと摺Δ
「どういう意味です」
「あの頃はしゃべられへんかったけど、今やったらしゃべれるということもあるやろというてるんや」
弥生子は薄く笑い、自前の煙草を取り出した。火をつけ、染みの出た天井に向かって、灰色の煙を細く吐く。
「けったいなことをいわはるわ。あたし、何も隠してません」
「そうか? わしには、いろいろと腑《ふ》に落ちんことがあるんやけどなあ」
「まだあの事件にこだわってはるの? 気ぃ長いなあ」指先に煙草を挟んだまま、弥生子は後ろの棚に軽くもたれた。どこからか有線の音楽が聞こえてくる。
「事件の日、あんたは店員の松浦と息子の亮司君と三人で家におったていうたわな。あれはほんまの話か」
「ほんまですよ」弥生子は灰皿を手に持ち、その中に煙草の灰を落とした。「それについては笹垣さんらも、しつこいほど眨伽悉盲郡浃胜い扦工
「眨伽俊¥堡伞⒕咛宓膜嗽^明できたのは松浦のアリバイだけや」
「あたしがあの人を殺したていわはるんですか」弥生子は鼻から煙を吐いていた。
「いや、あんたも一緒におったやろ。わしが疑《うたご》うてるのは、三人が一緒やったという話や。実際には、あんたと松浦と二人きりやった。摺Δ俊
「笹垣さん、何がいいたいんですか」
「あんたと松浦、できとったやろ?」笹垣はグラスのビ毪蝻嫟吒嗓筏俊C稚婴ⅳ搐Δ趣工毪韦蛑皮筏啤⒆苑证亲ⅳい馈!袱猡﹄Lさんでもええやろ。昔の話や。今さら、誰かに何かいわれるわけでもない」
「昔の話を今さら聞いて、どうするんですか」
「どうもせえへん。ただ迹盲筏郡い坤堡洹J录黏宽暋ⅳ蔚辘嗽Lねていった客が、入り口には鍵がかかってたというてた。それについて松浦は金庫室に入ってたというし、あんたは息子とテレビを見てたというた。けど、それは本当やない。ほんまは、あんたと松浦は奥の部屋で布団に入ってた。摺Δ俊
「さあ、どうですやろ」
「やっぱり図星か」笹垣はにやにやしながらビ毪蝻嫟螭馈
弥生子はせわしなく煙草を吸い続けた。漂う煙を見ながら、ふと思いを馳せた。
松浦勇のことをそれほど好きだったわけではない。ただ毎日が退屈だった。このままでは女でなくなってしまうのではないかと焦ってもいた。だから松浦に迫られた時、あっさりと受け入れた。彼にしても、彼女のそういう本音を見抜いていたから、誘いをかけてきたのだろう。
「息子は二階か?」笹垣が訊いてきた。
「えっ?」
「亮司君や。あんたと松浦は一階の奥の間におった。その時あの子は二階におったんやろ? で、あんたらはあの子が急に入ってこんように、階段の戸に掛け金錠をかけておいたというわけや」
「掛け金錠?」口に出していってから、弥生子は大きく頷いた。「そうや。そういうたら、階段の戸にそんな錠がついてた。さすがは刑事さんや。よう覚えてはるわ」
「どうやねん。あの時、亮司君は二階におったんやろ。けど、あんたと松浦の関係をごまかすために、あの子も一緒におったことにした。そういうことやろ?」
「そう思いたいんやったら、それでかまいませんよ。あたしは何ともよういいません」弥生子は短くなった煙草を灰皿の中でもみ消した。「ビ搿ⅳ猡σ槐鹃_けましょか?」
「ああ、もらおか」
新しく開けたビ毪颉⒐G垣はピ圣氓膜颏膜蓼撙胜轱嫟螭馈C稚婴飧钉悉盲俊¥筏肖椁摔蠠o言だった。
再びあの時のことを弥生子は思い出していた。笹垣のいうとおりだった。事件が起きた頃、彼女は松浦と情事にふけっていた。亮司は二階だ。階段の戸には錠をかけてあった。
だが、警察からアリバイを訊かれた場合には、亮司も一緒にいたことにしようと提案したのは松浦だった。そのほうが妙に勘ぐられなくて済むというのだった。相談の結果、弥生子と亮司はその時間テレビを見ていたことにした。少年向けのSFドラマだ。番組の内容は、当時亮司が購読していた少年雑誌に、かなり詳しく紹介してあった。それを弥生子と亮司は読んで覚えた。
「ミヤザキ、どうなるやろな」笹垣がぽつりといった。
「ミヤザキ?」
「宮崎勤や」
「ああ」弥生子は長い髪をかきあげた。抜け毛が手についた感触があったので見ると、白髪が中指にからみついていた。笹垣に気づかれぬよう足元に落とした。「死刑でしょ、あんなもん」
「何日か前の新聞に、公判のことが載っとったな。事件の三か月前に慕ってた爺さんが死んで、心の支えを失った、とかいうとるらしい」
「しょうむない。そんなことで人殺しをされたらかなわんわ」弥生子は新しい煙草に火をつけた。
八八年から八九年にかけて埼玉と枺─斡着娜摔巍─葰⒑Δ丹欷俊ⅳい铯妞搿高B続幼女誘拐殺人事件」の裁判が行われていることは、弥生子もニュ工胜嗓侵盲皮い搿>耔a定の結果を巡って弁護側が反論しているらしいが、幼い女の子を狙ったということについては、彼女はさほど異常性は感じなかった。そういう歪んだ本能を持つ男が決して少なくないということを彼女は知っていた。
「あの話、もうちょっと早よ聞いてたらな」笹垣が呟いた。
「あの話?」
「おたくの旦那の趣味の話や」
「ああ……」弥生子は笑おうとした。しかし奇妙な具合に睿Г窑膜盲俊
その話睿虺訾筏郡啤m崎勤のことを口にしたのだなと合点がいった。
「あんな話、何かの足しになるんですか」と彼女は訊いた。
「足しになるどころやない。事件直後に聞いてたら、捜査の内容は一八〇度変わっとった」
「へえ