仮面城(日文版)-第3部分
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武蔵野のこの古めかしい一軒家の、地の底からひびいてくるその物音……それはなんともいえぬ気味悪さだった。
ダイヤのキング
「おじさん、おじさん、あれはなんの音ですか?」
文彦は思わず息をはずませた。老人もいくらかあわてたようだったが、しかし、べつに悪びれたふうもなく、
「そんなことはどうでもよい。それよりも文彦くん、早く左の腕を見せておくれ」
物音はいつの間にかやんでいた。文彦はしばらく老人の顔をながめていたが、やがて思いきって上着をぬぐと、グ盲去伐悭膜韦饯扦颏蓼辘ⅳ菠俊@先摔悉いい毪瑜Δ恕⒆螭瓮螭文趥趣颏胜幛皮い郡
「ああ、これだ、これだ。これがあるからには、きみはたしかにわしがさがしていた文彦だ」
老人の声はふるえている。それにしてもこの老人は、いったいなにを見たのだろう。
文彦は左腕の内側には、たて十ミリ、横七ミリくらいの、ちょうどトランプのダイヤのような形をした、|菱《ひし》がたのあざがあるのだ。文彦はまえからそれを知っていたが、いままでべつに、気にもとめずにいたのだった。
「おじさん、おじさんのいうのはこのあざのことですか?」
「そうだ、そうだ、それがひとつの|目印《めじるし》になっているんだよ」
「それで、おじさん、ぼくにご用というのは……」
「実はな、あるひとにたのまれて、ずうっとまえからきみをさがしていたんだよ。やっと望みがかなったわけだ」
「おじさん、あるひとってだれですか?」
「それはまだいえない。でもそのことについて二、三日うちに、きみの家へいっておとうさんやおかあさんとも、よくご相談するからね」
まったくふしぎな話である。けさから起こったこのできごとが、文彦には夢のようにしか思えなかった。えたいの知れない渦のなかにまきこまれて、グルグル回りをしているような、または、なにかに酔ったような気持ちなのだ。
文彦と老紳士は、しばらくだまって、たがいに顔を見合っていたが、そのときだった。この家のうらあたりで、なんともいえない一種異様な、それこそ、ひとか、けもの[#「けもの」に傍点]かわからぬような叫び声が、一声高く聞こえてきたかと思うと、やがてろうかをドタバタと、こちらのほうへ近づく足音。
文彦と老紳士は、スワとばかりに立ちあがったが、そこへころげるようにはいってきたのは……ああ、なんという奇妙な人物だろうか。
背の高さは二メ去毪沥ⅳ蓼毪侨Lの選手のような、ガッチリとしたからだを、医者の着るような、白衣でつつんでいるのだが、その顔ときたらサルにそっくり。西洋の土人のように髪がちぢれて、ひたいがせまく、鼻が平べったく、しかも、おお、その声。……なにかいおうとするのだが、あわてているのか、あがっているのか、人間ともけものともわからぬ声で、ただ、ワアワアと叫びつづけるばかりなのだ。
文彦はあっけにとられて、そのようすをながめていたが、それに気がついた老紳士は、相手をたしなめるように、
「これ、|牛《うし》|丸《まる》、どうしたものじゃ。お客さまがびっくりしていらっしゃるじゃないか。文彦くん、かんにんしてやってください。こいつは口がきけなくてな。もっともふだんは|読唇術《どくしんじゅつ》で、話もできるのだが、きょうはよっぽどあわてているらしい。牛丸、おちつきなさい」
老紳士にたしなめられて、牛丸青年もいくらかおちつき、手まねをまじえて、なにやら話をしていたが、それを聞くと老紳士の顔が、とつぜん、キッとかわった。
「な、な、なんだって? それじゃまたダイヤのキングが……」
「おう、おう、おう……」
「よし、案内しろ」
老人はよろめく足をふみしめながら、牛丸青年のあとからついていく。文彦はちょっとためらっていたが、思いきってあとからついていった。
洋館のうしろはしばふの庭になっていて、そのしばふの中央に太いスギの古木がそびえている。そのスギの木のそばに、香代子がまっさおになって立っていた。
牛丸青年にみちびかれるままに、老人はよろよろと、スギの木のそばへ近づいていったが一目その幹を見ると、アッと叫んで立ちすくんでしまった。
スギの幹のちょうど目の高さあたりに、みょうなものが五寸くぎで、グサリと突きさしてあるのである。それはトランプのダイヤのキングだった。
黄金の小箱
「アッ、こ、これはいけない!」
ヘビにみこまれたカエルのように、しばらく、身動きもせずに、あのあやしいダイヤのキングを見つめていた老紳士は、とつぜん、そう叫んでとびあがった。そして、そのひょうしに文彦のすがたを見つけると、
「アッ、文彦くん、きみもここへきていたのか。いけない、いけない。きみはこんなところへきちゃいけないのだ!」
そう叫んで文彦の手をとると、
「さあ、いこう、むこうへいこう、香代子。牛丸。おまえたちも気をつけて……」
文彦の手をとった老紳士は、逃げるように勝手口からなかへはいると、さっきのへやへ帰ってきた。そして、そこで文彦の手をはなすと、まるでおり[#「おり」に傍点]のなかのライオンみたいに、ソワソワとへやのなかを步きまわりながら、しどろもどろのことばつきで、
「文彦くん、もういけない。きょうはゆっくり、きみにごはんでも食べていってもらおうと思っていたのだが、そういうわけにはいかなくなった。きみ、すまないが帰ってくれたまえ。そして、二度とこの家へ近寄らぬように……そのうちにわしのほうからたずねていく。さあ、早く、……早く帰って……いや、ちょっと待ってくれたまえ」
そこまでいうと老紳士は、風のようにへやのなかからとびだしていった。
文彦はあっけにとられて、キツネにつままれたような気持ちだった。いったい、くぎづけにされたあのダイヤのキングには、どういう意味があるのだろう。そしてまた、この家のひとたちは、いったいどういう人間なのだろうか。
あの老紳士にしても、香代子という少女にしても、また、口のきけない牛丸にしても、けっして悪いひとたちとは思えない。しかし、なんとなく気味が悪いのだ。あのふしぎな老婆といい、地底からひびくみょうな音といい、この家をつつむ空気のうちには、なにかしらただならぬものが感じられるのだ。
文彦はぼんやりと、そんなことを考えていたが、そのときまたもや、だれかにジッと見つめられているような気が強くした。文彦はハッとしてへやのなかを見まわしたが、そのとき強く目をひいたのは、あの西洋のよろいである。
ああ、やっぱりあのよろいのなかには、だれかいるのではあるまいか。そしてかぶとの下から、じぶんを見つめているのではないだろうか……。
文彦はなんともいえぬ恐ろしさを感じたが、それと同時に、どうしてもそれをたしかめずにはいられない、強い好奇心にかられた。文彦はソッとよろいに近づいていった。ああ、たしかにだれかがかくれているのだ。かすかな息づかいの音……。
だが、文彦がいま一步でよろいに手がふれるところまできたとき、あわただしい足音とともに、帰ってきたのは老紳士だった。
「ああ、文彦くん、そんなところでなにをしているのだ。さあ、これを持ってお帰り。日が暮れるとあぶない。早くこれを持って……」
見ると老人の手のひらには、金色の小箱がのっている。
「おじさん、これはなんですか?」
「なんでもいい。おかあさんにあげるおみやげだ。もし、きみのおとうさんやおかあさんがお困りになるようなことがあったら、この箱をあけてみたまえ。なにかと役に立つだろう」
老人はそういうと、むりやりに黄金の小箱を、文彦のポケットに押しこみ、
「さあ、早くお帰り、そして、もう二度とここへくるんじゃありませんぞ。そのうちに、きっとわしのほうからたずねていく……」
老人はそういって、押しだすように玄関から、文彦をおくりだすと、バタンとドアをしめてしまった。
文彦はいよいよキツネにつままれた気持ちである。それと同時になんともいえない気味悪さをおぼえた。文彦はワッと叫んでかけだしたいのを一生けんめいこらえて、その家の門を出ると、足を早めて、さっきのやぶかげの小川のほとりまできたが、そのときうしろから、だれやらかけつけてくる足音……。
三つの約束
文彦はギョッとして立ちどまったが、追ってきたのはべつにあやしい者ではなく、大野老人のお嬢さんの香代子だった。
「文彦さん」
香代子はほおをまっかにして、ハ烯‘息をはずませながら近づいてくると、
「あなたずいぶん足が早いのね。あたし一生けんめいに走ってきたのよ」
「はあ、なにかぼくにご用ですか?」
「ええ、うっかりして、その箱のあけかたを、教えるのを忘れたから、それをいってこいとおとうさまにいいつけられて……」
「ああ、そうですか」
文彦はなにげなく、ポケットから黄金の小箱をとりだそうとすると、
「シッ、だしちゃだめ!」
香代子はすばやくあたりを見まわして、
「文彦さん、あなたお約束をしてちょうだい。三つのお約束をしてちょうだい」
「三つの約束って……?」
「まず第一に、おうちへ帰るまで、ぜったいにその箱を、だしてながめたりしないこと。第二に、ほんとに困ったときとか、いよいよのときでないとその箱をあけないこと。第三に、なかからなにが出てきても、けっしてひとにしゃべらないこと。……わかって?」
「わかりました」
「このお約束、守ってくださる?」
「守れると思います。いや、きっと守ります」
「そう、それじゃ指切りしましょう」
にっこり笑って、香代子はゲンマンをしたが、すぐまた、さびしそうな顔をして、
「文彦さん、あなたにお目にかかれて、こんなうれしいことはないわ。でも……またすぐにお別れしなければならないんじゃないかと思うのよ」
「どうしてですか?」
文彦はびっくりして聞きかえした。
「ダイヤのキングよ。ダイヤのキングがスギの幹に、くぎざしになっていたでしょう。ダイヤのキングが、あたしたちの身のまわりにあらわれると、いつもあたしたちは逃げるように、お引っ越しをするの。
いままでに五ヘンも、そんなことがあったわ。こんどは二年ばかりそんなことがなかったので、やっとおちつけるかと思ったのに……」
「香代子さん、それじゃだれかが、きみたちの家をねらっているというの?」
そのとき、フッと文彦の頭にうかんだのは、あの気味の悪い老婆だった。それからもう一つ、あの客間にあるよろいのこと。
「アッそうだ。香代子さん、きみんちの客間にあるよろいね。あのなかにはだれかひとがはいっているの?」
「な、な、なんですって?」
香代子はびっくりして目をまるくした。
「文彦さん、そ、それ、なんのこと? よろいのなかにひとがいるって?」
「いや、いや、ひょっとすると、これはぼくの思いちがいかも知れないんだ。しかし、ぼくにはどうしても、あのよろいのなかにひとがいるような気がしてならなかったんだ。息づかいの音がするような気がしてならなかったんだ。
それをおじさんにいおうとしたんだが、おじさんがむりやりに、ぼくを外へ押しだすものだから……」
大きく見張った香代子の目には、みるみる恐怖